今日は。現在ベルリン自由大学にて留学をしている延総史です。

1月、2月というダークな季節(ドイツでの冬はとても日が短いので、みんな気持ちがダークになります)を通り越し、3月に東欧へ旅行しに行っていました。イスラエルから始まり、旧ユーゴスラビア諸国、紅の豚や魔女の宅急便で有名なアドリア海を通り、ハンガリーで旅を終えました。ドイツから離れたものの、ドイツ出身の友人を多く作ることが出来ました。ヨーロッパを牽引しているだけあって、ドイツからの交通網が発達しているのだなと考えさせられました。そこで出会うドイツ出身の友人はもちろん人との距離が近く、とてもフレンドリーに接してくれます。

4月に入り、ドイツの天気は一気に変わり、晴れが続き日もとても長くなっています。極端ですが、地獄から天国になった気分です。授業もドイツならでは!という授業が並んでいてとても楽しいです。例えば、「ナチス時代のプロパガンダ映像の考察」や「世界の中で誰がポピュリズムか」と言った具合です。

これで最後のレポートとなるので少し留学を振り返って見たいのですが、私はベルリン自由大学を選んで本当に良かったと感じています。理由は大きく分けて2つあります。まずはベルリンに位置しているということ。

正直私は最初アジア人への差別はヨーロッパでは普通にあるだろうと予想していたのですが、想像していたよりはるかにダイバーシティな街でした。肌の色を気にする人はあまりいないと思います。(決してベルリンでの差別が皆無というわけではありません。)

また他の国に比べて圧倒的にアジアマーケットが多いと思います。日本食が恋しくなってもすぐに調達して食べることが出来ます。つまり食へのダイバーシティも寛大です。

二つ目はベルリン自由大学にはヤパノロギーがあるということです。これは何を意味しているかというと、友達をとても作りやすいということです。私たちはドイツ語か英語を学びたい。そしてヤパノロギーの人たちは日本語を学びたいので需要と供給が一致しています。ヤパノロギーがない大学に通っている日本人がわざわざ友達を作りにベルリン自由大学に乗り込みにくるほどです。

私の中で留学を成功させるためにはいかに現地の友人を作るかが鍵になってくると考えていたので本当に助かりました。

残りわずかとなりましたが、ベルリンの魅力をさらに見つけていきたいと思います。

1、2、3月は晴れの日は皆無なので4月の晴れの日には反動的にみんな外出します
ある日のベルリン。バス会社がボイコットしたので、バス社会のベルリンは大混乱。私も歩いて空港に行く羽目になりました。デモも数多く開かれるベルリン。表現が大胆かつ自由でした。交通網のパンクで日本はツイッターは荒れますが、ベルリンに住む人は平気な顔をしていました

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