「なんとなく」から始まった、私の世界を広げてくれるドイツ語学習
櫻庭 望
総合政策学部4年(2026年度現在)

こんにちは、総合政策学部3年の櫻庭望と申します。こちらでは、私がSFCを志望したきっかけや、入学後のドイツ語学習の様子について、簡単ながら綴らせていただこうと思います。
SFCとの出会い:敷かれたレールへの違和感と
「将来の夢はなんですか?」 幼い頃から、幾度となく投げかけられてきた問いです。
これを読んでくださっているあなたも、この問いを受けたことは一度や二度ではないのではないでしょうか。
私の地元は大学病院のお膝元だったこともあり、周囲には医療関係者の子息が多く、友人の多くが当然のように「医者」という夢を掲げていました。成績が決して悪くなかった私にも、周囲は「医者を目指すんじゃないの?」と期待を込めて尋ねます。しかし、それは敷かれたレールの上を誰かもわからない「世間」に走らされているような感覚で、いつからか私は強い抵抗感を覚えていました。
「自分自身の手で、心からやりたいことを見つけたい。」 そんな想いとは裏腹に、具体的な目標が見つからないまま大学志望校選びの時期を迎えました。やりたいことが決まっていないのに、特定の専門分野しか学べない環境に飛び込むのは、あまりに勿体無いのではないか。もっと色々な分野を知って、触れて、その上で自分の将来を決めたい。そのように考えていた折に出会ったのが、SFCでした。
「何をしてもいい。あらゆる分野に触れながら、自分の引き出しを増やしていける。」 その圧倒的な自由さに強く惹かれ、私はSFCへの入学を決意しました。
言語選択の動機は、案外「些細なこと」でいい
SFCに入学すると、すぐにどの言語を学ぶのかという大きな決断を迫られます。10を超える言語から選ぶ際、私が第一志望に書いたのはドイツ語でした。
ドイツ語を選んだ理由は、本当に些細なものでした。父がドイツ出張の後に語ってくれた現地の様子が素敵だったこと、そして何より、ドイツ語の単語の響きが純粋に「かっこいい!」と感じたこと。こんな感じです。
「そんな理由でいいの?」と思われるかもしれません。私自身も少し不安でした。でも、今なら胸を張って言えます。「それでいいんです」と。
正のサイクルが巡る、SFCのドイツ語
なんとなくで始めたドイツ語でしたが、気づけばその魅力にどっぷりと引き込まれていました。
SFCでのドイツ語学習は、私がそれまで抱いていた「語学」のイメージを根底から覆すものでした。高校までの英語学習のように、単語や文法をひたすら暗記する時間はほとんどありません。ネイティブの先生との対話、授業内でのプロジェクト発表、さらにはドイツの大学生とのペアワーク。そこにあったのは、常に「実践」と「交流」がセットになった、インタラクティブな学びの場でした。
ドイツ語が使える → 通じるから楽しい → もっと学びたくなる
SFCでのドイツ語の学びは、自然と構築されたこの正のサイクルの連続でした。
その結果、あんなに軽い気持ちでスタートした私が、気づけばドイツへ短期留学に行き、ドイツ人の友人一家を自ら観光案内し、今ではSA(スチューデント・アシスタント)として他の学生をサポートする側に立っています。数年前の自分には、到底想像もできなかったことです。
結びに:点と点が結びつくキャンパス
SFCでは、どんな未知の領域も、手を伸ばせばすぐに届く距離にあります。キャンパスを一度歩けば、自分の想像を超えた「面白いこと」に没頭している友人に出会えるのです。
そんな環境で言語を学んでいると、思いがけない場所で学びの繋がりに気づくことがあります。ある授業で学んだ社会課題が、ドイツ語のテキストの内容とリンクしたり、言語というツールを用いて自分の専門領域を深められたり、ドイツ語的な視点で自然と様々な話題について考察できるようになっていたり。日々を過ごす中で、自分が身につけた等身大のドイツ語が確実に自分の血肉になっていることを感じられます。
ここで再認識したのは、言語は学習のゴールではなく、自分が成したいことを表現し、相手の表現を受容するための「ツール」であるということです。
自分の操る言語が豊かになればなるほど、世界にアクセスできる扉が増えていく。ドイツ語という新しい視座を手に入れたことで、キャンパスで出会う多種多様な友人たちの専門性とも、より深く、多角的に繋がれるようになりました。
繰り返しになりますが、SFCでのドイツ語の学びは、単なる言語習得に留まりません。自分の引き出しを増やし、可能性を広げていく営みです。それは間違いなく、私の人生を豊かに彩る「かけがえのない財産」になると確信しています。
これを読んでくださっているあなたも、ドイツ語の学習を通して自分の可能性を広げてみませんか。